Tak先生上司にたてつくの巻
もう私もこの地で開業して14年、仕事も面白いながらも落ち着いてしまい、よく昔を思い起こすことが多くなりました。未だに大学病院に残り指導医の立場で腕を振るう同級生に少なからぬやっかみも? そう云えば私の勤務医時代も指導医たる上司の先生にいろいろと云われました。しかし生まれ持った負けず嫌いのこの性格、時に(と云うよりも結構な頻度で)上司にたてつくことがありました。そんな昔を思い返して上司に喰ってかかった想い出のごく一部を書いてみました。
1)私の勤務していた病院の外科部長は”60歳を過ぎても手術は辞められん”とおっしゃる根っからの外科医肌。手術の巧い先生の術中の手の動きと云うものは美しささえ感じるものなのです。私の尊敬するこの外科部長、この先生の手は私が見た最も美しい動きをする手の一つでした。この先生は週に1回、部長回診で病棟にやってきます。ロングの白衣に白いワイシャツ、ネクタイを必ず締め、靴はキチンと紐を結んだスポーツシューズ。一方私は院内ではサンダル履き、しかしちゃんと踵にベルトをひっかけ、いざと云うときには走れるタイプのサンダルでした。その私のサンダルを見た外科部長から回診中に話しかけられました。
部長:「Tak君、君はいつもサンダル履きなのかい?」 Tak先生:「エエ、そうですよ。風通しが良くて水虫になりませんから。」 部長:「僕はいつでも走れるようにこんな運動靴を履いているんだけれどねぇ。君も院内ではこう云う靴を履いたらどうだい?」 Tak先生:「イヤ~、ずっと以前からこう云うのが気に入ってこのタイプですから。」 部長:「でもそれではいざ患者が急変したときに全力で走れないだろう?」 Tak先生:「いいえ、後ろにベルトがついていますからダッシュできますよ。少なくとも先生よりは早く走れますよ。」 部長:「..............。」 まあ部長は何と思われたことでしょうか? でも、このサンダルで病棟を全力疾走したことも何回かありました。もともと足は決して遅くない私、これで充分責務は果たしてきたつもりなんですけれどね。
2)肝硬変患者の手術は非常にリスクが高くなります。実際に肝硬変の進行度を様々な検査をもとに判定し、どの程度の肝硬変ならどの程度の手術が出来るかと云う分類をした文献もあります。癌患者さんが肝硬変を合併していることもあれば、肝硬変による食道静脈瘤の手術に踏み切らなければならないこともありました。そんな中で私自身が内科から廻され、外科で手術をしなければならない肝硬変患者さんを受け持ちました。内科の一通りの検査は決して手術を前提にしたものではありません。それに一通りの評価をしてから時間もそこそこ経過しており、当時の上司と相談して外科転科後に手術をするための検査を組みました。実際にその手術に耐えられるかどうかを充分に検討すべきと考えました。しかしその私が組んだ検査を消化している最中に別の上司から「内科で一通りの検査をしているのにまたやり直す気か?!」と怒鳴られました。当然のことのように思っていたことが”それはお前の考え方だ!”と云われましたが、そうではなく、これは外科学会でもガイドラインに近いものを作り上げ、私はそれにのっとって検査を進めていたつもりです。結局その患者さんは術後、時間がかかりながら、いろいろな問題を起こしながらも何とか退院に持ち込めましたが、釈然としないまま私は憎しみを込めて医局のカンファレンスでこの肝硬変患者の術前の評価法をまとめて話しました。当時カンファレンスを聞いていた女性研修医から尋ねられました。「日々の手術で時間もない先生が一体いつこれだけのことをまとめたのですか?」って。私は笑って”君も頑張ってよ。”とはぐらかしました。答えは簡単、以前私が大学でこのことを徹底的に調べ、大学の医局のカンファレンスで発表したからなんです。同じ原稿、みなさんに配ったプリントもそのまま。下っ端外科医の精一杯の抵抗でした。
3)外科手術で消化管を吻合した後に縫合不全(縫ったところが綻びてしまうこと)を起こし、じっと我慢をしなければならないことがあります。数十年前、胃潰瘍の術後の縫合不全は致命的になることが多かったようです。食事が出来ない、だから低栄養状態になる、結局縫合不全は治らないと云う悪循環に陥り死亡すると云うことが結構あったようです。しかし、中心静脈栄養と云う高カロリー輸液の手法が確立し、術後の患者さんが経口で栄養摂取が出来なくても輸液で充分な栄養を摂ることが出来るようになり、その死亡率は格段に改善されました。しかし、特に食道の吻合は血流が悪いこともあり、縫合不全が多く、この中心静脈栄養によってジッと我慢する経験を私もずいぶんしてきました。私の受け持った特発性食道破裂(嘔吐などによって食道が避けてしまい、内容物が胸腔内に漏れてしまう)のおばあちゃん、やはり術後の縫合不全によってずいぶん長い時間食事が出来ず、時間だけが過ぎていきました。このような状況で使うことの出来る血液製剤があります。縫合不全の原因がある種の血液の中の因子の不足によると云う理論に基づき、それを補充することによって縫合不全が改善されるとされていました。しかし”外科医がこんな血液製剤をあてにしたら終わりだ”と云う風潮も多々あり、この治療を嫌う外科医が多かったのも確かです。しばし治癒が進まないこの患者さんに私はこの血液製剤を使うことを決心し、上司である外科部長に許可をもらいました。その時の病院ではこの血液製剤の使用経験はなく、新たに新規の薬剤を使うときは院長宛に文献やコメントを加えて嘆願書のような書類を提出しなければなりませんでした。当時でも1Corr使うのに30万円もかかるこの血液製剤の使用の準備に私は書類を作成し、ようやく許可が降りました。しかしある上司(実は上記の肝硬変の時に怒鳴ったのと同じ上司、更に言うなら夏休みに奥様からペンション○○にいると聞いたのに、そこにいなかった上司、GrumbleNo.65告発-1 Episode one)から「お前は本気でそれで治ると思っているのか!?」とま〜た怒られました。ただジッと待っているだけで何もしてあげられない主治医として、何とか他に出来ることがないかと探した結果の行動でした。応援してくれる上司と私を非難する上司とがいたことが何とも憂鬱な想いでした。しかしその血液製剤を使った後患者さんは回復し始め、結局退院にもっていくことが出来ました。その血液製剤が奏功したのか、あるいは高カロリーの待機的な治療がようやく身を結んだのかはその時となっては判断できません。この症例は看護婦達の看護の経験としても貴重な資料となり、担当の看護婦から院内の研修会で発表したいのでいろいろ教えてほしい旨云われ、私も協力しました。その原稿の中に”その血液製剤が奏功して患者の容態が好転していった”旨書かれていましたが、発表者に頼んでその項は削ってもらいました。その発表を聞くであろう私を責めた上司にまたイヤなことを云われたくなかったからです。私は主治医として患者さんにしてあげられることを全てやるべきと考え、その上司に喰ってかかりましたが、結局私はその上司に嫌われたようです。でも良いですよ。患者さんは元気に退院して行ったのですから。